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函館地方裁判所 昭和47年(ワ)255号 判決

原告

横谷武美

右訴訟代理人

彦坂敏尚

五十嵐義三

被告

株式会社五稜ハイヤー

右訴訟代理人

佐藤堅治郎

主文

原告が被告に対し雇用契約上の地位を有することを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  請求の趣旨

主文と同旨。

第二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第三  請求の原因

一  被告は一般乗用旅客自動車運送事業を営む会社であり、原告は昭和四一年八月二日タクシー運転手として被告に雇用されたもので、昭和四二年一〇月以降被告の従業員によつて組織される五稜ハイヤー第一労働組合(以下「第一組合」という。)の書記長の地位にある。

二  被告は、昭和四五年一月二四日、原告に対し、原告が同月一日以降被告の同意を得ずに第一組合の業務に専従していることが、就業規則第一八条第五、六号、第八号に該当するとして、懲戒解雇の意思表示をした(以下「本件懲戒解雇」という。)。

なお、従業規則第一八条は、懲戒の事由を定めたもので、第五号は「一〇日以上無届欠勤をした者、しばしば注意を受けても出欠常ならざる者」、第六号は「正当な理由なく所属上長の指示命令に従わなかつた者」、第八号は「会社の許可なく在籍のまま、他の会社、事業場、他団体に勤務した者」というものである。

三  しかし、本件懲戒解雇は次の理由により無効である。

1  (解雇権の濫用)

(一) 第一組合は、昭和四四年の年末一時金等闘争に際し、同年一二月一五日被告に対し、原告を同日から同月末日まで組合業務に専従させる旨申し入れたところ、被告の同意があつたので、右期間原告は組合業務に専従した(以下「第一次専従」という。)。

(二) 被告は、同月一七日突然、第一組合に対し、組合費、労働金庫返済金等のチェック・オフ、道路交通法違反による罰金の会社負担、私傷病中の賃金補償等、従来第一組合と被告との間の労働協約により実施されていた六項目(以下「六項目」という。)を、以後実施しない旨通告し、かつ同月の給与支払時から右通告どおり実行した。

(三) 年末一時金問題は同月三一日解決したが、右通告の内容は第一組合の団結および同組合員の労働条件に重大な影響を及ぼすものであり、第一組合としては早急にこの問題を解決する必要にせまられた。そこで、第一組合は、六項目問題の処理にあたらせるため、昭和四五年一月一日以降引き続き原告を組合業務に専従(以下「第二次専従」という。)させる旨決定し、これを被告に申し入れた。

(四) 被告は右申し入れに対し「余裕がない」としてこれを拒絶したが、原告は第一組合の決定に従い、昭和四五年一月一日以降も引き続き組合業務に第二次専従した。第二次専従期間中、原告は、六項目破棄通告に対処するため、必要資金の融資交渉、オルグ活動、団体交渉および右問題についての地方労働委員会の審理の準備、その他必要な組合業務に従事した。

(五) 以上の事実から明らかなとおり、原告の第二次専従は、被告が実施の義務のある六項目を不当に破棄したため必要になつたものである。

また、右専従期間中原告は賃金の支払を受けず、かつ原告が乗務していたタクシーは、代務者が運転していたから、原告の組合専従により被告は損害を受けていない。さらに、タクシー会社にとつて繁忙期である一二月に組合専従(第一次専従)を認めながら、年末一時金問題は解決したものの、依然として六項目を破棄状態にしておいて一月に第二次専従を認めないことは、全く理由がない。したがつて、本件懲戒解雇は解雇権の濫用である。

2  (不当労働行為)

被告の従業員により組織される労働組合として、第一組合のほかに五稜ハイヤー労働組合が存在するところ、被告はことさら第一組合の組合活動を嫌悪し、その組織破壊を企図して、六項目破棄通告を行い、書記長として活発な組合活動を続けている原告を懲戒解雇したものである。したがつて、本件懲戒解雇は、労働組合法第七条第一号に該当する不当労働行為である。

3  (解雇手続違反)

第一組合と被告との間には「懲戒処分に際しては第一組合および被告により構成される懲罰委員会に計り協議の上決定する」旨の労働協約が存在する。ところが、本件懲戒解雇にあたり開催された懲罰委員会においては、双方の意見が対立し結論が出なかつた。このような場合には、団体交渉を経て処分が決定されるべきものであるにもかかわらず、被告はこれを経ずに本件懲戒解雇を行つた。したがつて、本件懲戒解雇は、手続に違反があり、無効である。

四  よつて、原告は被告に対し、原告が雇用契約上被告の従業員たる地位を有することの確認を求める。

第四  請求原因に対する答弁、抗弁

一  請求原因一、二の事実は認める。

請求原因三1(一)の事実は認める。同(二)の事実のうち、原告主張の通告をしたことは認める。同(三)の事実のうち、原告を第二次専従させる旨の申し入れがあつたことは認めるが、その余の事実は否認する。同(四)の事実のうち、被告が余裕がないとして第二次専従の申し入れを拒絶したこと、原告が第二次専従に就いたことは認めるが、その余の事実は知らない。同(五)の事実は否認する。

請求原因三2、3の事実は否認する。

二1  昭和四五年一月の勤務割によると、原告は同月二日、四日、七日、九日、一一日、一四日、一六日、一八日、二一日、二三日(合計一〇日間)にタクシー運転手として乗務すべきものであつた。そして、被告は原告に対し、昭和四四年一二月三一日、同日かぎり第一次専従期間が終了するので昭和四五年一月一日以降は通常の勤務に就くべき旨、昭和四五年一月七日にも、直ちに平常勤務に復すべき旨、それぞれ業務命令をなした。ところが、原告はこれを無視し、第一組合の第二次専従を続けたもので、原告の右行為は就業規則第一八条第五、六号、第八号に該当し、懲戒解雇に値する。そして、第一組合は、原告の本件懲戒解雇につき昭和四五年二月三日北海道地方労働委員会に救済申立をなしたけれども、同年八月二一日、「救済申立を棄却する」旨の決定を受けた、更に第一組合は、同年九月一〇日、中央労働委員会に再審査の申立をしたけれども、これも昭和四六年七月二一日「再審査申立を棄却する」旨の決定を受けている。

2  被告においては、一日平均タクシー一台あたりの収入は金一二、八三八円であるので、原告が第二次専従を強行したことにより、被告は合計金一二八、三八〇円の損害を受けた。

3  仮りに、本件懲戒解雇が無効であるとしても、原告は、その後被告が提供した解雇予告手当を受領したので、原・被告間の雇用契約は、既に終了したものである。

第五  抗弁に対する原告の答弁

右第四の二1、2のうち、昭和四五年一月の勤務割が被告主張のとおりであつたこと、被告主張の各業務命令があり、原告がこれに従わなかつたこと、被告主張のとおり労働委員会に救済申立をしたけれども各棄却決定がなされたことはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。

第六  証拠〈略〉

理由

一(解雇)

原告が昭和四一年八月二日からタクシーの運転手として被告に雇用されていたこと、被告が昭和四五年一月二四日原告に対し、「原告が同月一日から第一組合の業務に第二次専従していることは、就業規則第一八条第五、六号、第八号に該当する」として、本件懲戒解雇の意思表示をしたこと、右就業規則の内容が原告主張(請求原因二)のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二(懲戒事由の存否)

1  (第五号について)

就業規則第一八条第五号前段は「一〇日以上無届欠勤をした者」というものであるが、他に解釈すべき特別の事情を認めうる証拠はないから、「欠勤する旨を被告に連絡せずに、一〇日以上欠勤した者」と理解するほかはない。そして、第一組合が被告に対し、あらかじめ原告を昭和四五年一月一日から第二次専従にすると申し入れていたことは当事者間に争いがないから、原告の第二次専従に伴う欠務は、被告の承諾がなかつたからといつて、「無届」欠勤ということはできず、第五号前段に該当しないと解するのを相当とする。

第五号後段は、「しばしば注意を受けても出欠常ならざる者」というものであり、出勤したりしなかつたりする状態が続いている者と解されるところ、原告がこれに該当するとの証拠は全くない。

したがつて、本件懲戒解雇につき第五号を理由としたことは、就業規則の解釈・適用を誤つたものというべきである。

2  (第六号、第八号について)

就業規則第一八条第六号は、「正当な理由なく所属上長の指示命令に従わなかつた者」第八号は、「会社の許可なく在籍のまま、他の会社、事業場、他団体に勤務した者」というものである。そして、原告が第二次専従をしたこと、被告が、原告個人に対し被告主張の日にそれぞれ、タクシー運転手として平常勤務に服すべきである旨の業務命令をもつて就労を命じたこと、しかしながら、原告がこれに従わなかつたことは、いずれも当事者間に争いがない。

ところで、在籍専従とは、雇用関係を維持しながら、契約上の債務である労務は行なわず、組合業務に専ら従事することであるから、使用者は在籍専従を受忍すべき一般的義務を負わないと解すべきである。したがつて、在籍専従には、使用者の個別的同意、または在籍専従を認める労働協約、あるいは確立した労使間の慣行を必要とする。それを欠く在籍専従につき、使用者は、雇用契約、就業規則の許容範囲内で、指揮命令をし、制裁を加えることができるものというべきである。

そうして、原告の第二次専従につき被告の同意がなかつたことは当事者間に争いがなく、専従を認める労働協約や労使慣行の存在については、主張・立証がない。したがつて、業務命令に従わない第二次専従に伴う原告の欠務は右第六号、第八号の懲戒事由に該当すると解するのを相当とする。

三(懲戒解雇の相当性)

1  〈証拠略〉を総合すると、左記の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一)  第一組合は、昭和四四年一〇月末ごろから、訴外高岡宏の懲戒解雇問題および年末一時金問題につき同時解決すべく被告と団体交渉を重ねていた一方で、同年一二月一〇日と一五日との二回時限ストライキを行なつたが、同月一五日被告に対し、当時第一組合の書記長であつた原告を同月末日まで組合業務に専従させる旨申し入れたところ、被告がこれを承諾したので、原告は第一次専従を開始した。

(二)  被告は、同年一二月一七日第一組合に対し、同組合との労働協約に基づき実施されていた六項目を、争議行為継続中は実施しない旨書面(甲第一号証)で通告した。右通告の内容は、次のとおりであつた。①一二月一七日以降の勤務時間内の組合活動は争議行為とみなして賃金カットする。②組合費や労働金庫返済金等のチェック・オフを一二月以降履行しない。③賃金カットは総て個人から行う。④道路交通法違反による罰金の補償および私傷病中の賃金補償、立替を一二月度より一切行わない。⑤被告からの貸付金を同年一二月の給与支払時に一括控除する。⑥社内乗車料の割引を一二月度賃金分から一切行わない。そして、被告は同月二七日の給与支払時から右通告の内容を実行した。

(三)  右通告は第一組合組合員を動揺させ、約五六名の組合員のうち一〇名前後が第一組合を脱退し、被告の従業員により別に組織される五稜ハイヤー労働組合に移つた。同組合は、六項目とほぼ同様の労働協約を被告との間に締結していたが、年末一時金闘争につき行なつた一二月七日、八日、九日の三回にわたる時限ストライキの際にも、右協約を破棄されなかつた(但し同月一〇日同組合と被告とは交渉が妥結し、同月一二日に同組合員に対してのみ年末一時金が支給されて解決ずみではあつた。)。

第一組合は、前記六項目通告が不当労働行為であるとして、同月二四日、北海道地方労働委員会に救済を申し立てた。また、これと併行して、時限ストライキ、立看板の設置、ビラの配布、宣伝カーによる街頭放送などを行つた。

(四)  同月三〇日の団体交渉において、年末一時金問題は妥結したが、高岡解雇問題、六項目問題については、解決に至らなかつた。そこで、第一組合は、六項目問題の対策にあたらせるため、原告の組合専従期間を延長する旨の第二次専従を決定し、これを同月三一日被告に申し入れた。しかし、被告は、余裕がないとして、これを拒絶し、原告に対し昭和四五年一月一日以降タクシー運転手として平常勤務に復すべき旨命じた。

(五)  しかし、原告は、昭和四五年一月一日以降も二次専従を継続し、労働委員会における審理の準備、他組合に対する支援要請、組合員家族に対するオルグ活動など六項目問題の対策に従事した。

(六)  同月一四日、一九日、二三日、被告の発議で懲罰委員会(第一組合側、被告側各三名の委員で構成される。)が開催されたが、労使双方の委員の意見が対立したまま終了した。同月二四日、被告は原告に対し本件懲戒解雇の意思表示をした。

(七)  同年二月三日、前記六項目の不当労働行為救済申立事件につき開かれた北海道地方労働委員会の審理の際、第一組合と被告との間に、「被告が六項目協約の破棄を撤回する」旨の和解が成立し、第一組合は救済申立を取り下げた。そして、第一組合は、同月四日「原告の第二次専従を解除する」旨被告に通告した。

2  右認定の各事実から、本件懲戒解雇の相当性を検討する。

労働協約の当事者は、平和義務に違反する争議行為が行なわれる等労働協約を遵守することが著しく不当、不公平となるような特別の事情がないかぎり、労働協約上の義務を履行せず、あるいは労働協約を即時解約することは許されないと解するのを相当とする。そして、第一組合が被告に対し労働争議中であつても、前認定の労働争議では、被告の申し入れた六項目協約の不履行につき右特別の事情があつたとは認め難く、その他右特別の事情を認むべき証拠はないから、被告の前記行為は、労働協約に違反する違法な行為といわざるを得ない。

原告は、第一組合の決定に従い、被告の六項目協約の不履行に対処するため、第二次専従を行なつたものである。六項目協約の不履行が第一組合組合員に対し深刻な影響を及ぼしたことを考えると、原告および第一組合が、第二次専従を必要と判断したことにも無理からぬところがあるといえる。

したがつて、第二次専従につき、原告に責められるべき点があるにしても、その前に被告自ら六項目を不当に破棄しておきながら原告に対し懲戒解雇をもつて臨むがごときは、重きに過ぎて、著しく処分の相当性を欠き、解雇権の濫用というべきである。

なお、被告主張のとおり、本件懲戒解雇につき、第一組合が労働委員会に対し救済申立をしたが、排斥されたことは当事者間に争いはないけれども、これは不当労働行為に該当しないという結論にとどまり、解雇権の濫用であるとの右の判断を左右するものではないというべきである。

四(解雇予告手当の受領)

被告は、仮に本件懲戒解雇が無効であつたとしても、「原告は被告が提供した解雇予告手当を受領したので、原・被告間の雇用契約は既に終了した」旨主張する。なるほど証人岩谷繁の証言、原告の供述によると、原告が被告から右手当の送付を受けてこれを費消したことが認められるが、しかし、右各証拠によると、原告は右手当の送付を受けるや、第一組合と協議のうえこれを一時同組合に預託していたが、解雇が無効である場合の賃金と相殺すれば足りるものと考えて生活費に充当したもので、原告はその後も雇用契約が継続しているものとして争つて来ていることが認められるので、他に特段の事情の認められない本件においては、たとえ解雇予告手当を受領していても原告が被告との間の雇用契約を暗黙にしろ合意解約したものとは到底認めることができない。

五(結論)

よつて、本件懲戒解雇は無効であり、原告の本訴請求は、その余の争点につき判断するまでもなく、すべて理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(龍前三郎 吉本俊雄 細川清)

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